ぶらり散歩、気になるスポット探訪、見聞録

ぶらり探訪 GNH358

蕎麦

納札亭六輔:客が来てから、粉に水を入れ、蕎麦を打つ、伝説の蕎麦屋

更新日:

江戸蕎麦のルーツとも言える代々続く三大蕎麦屋が「のれん御三家」藪、更科、砂場。

現代の蕎麦文化のリーダー的存在は、
「一茶庵」片倉康雄(1904ー1995)、
「翁達磨」高橋邦弘(1944ー)、
「竹やぶ」阿部孝雄(1944ー)、

この3人の陰に隠れる存在は、伝説の名店「練馬田中屋」の田中國安(1925-)。
さらに、続くのは、神田須田町「いし井」に始まり数々の名店を創業した石井仁。

その石井仁が、通い続けてその技を目で盗んだという“もう一つの伝説の蕎麦屋”が、東京・日本橋馬喰町(東神田交差点近く)の一角にあった「納札亭六輔」。

【閉店】【浅草橋駅・馬喰町駅/そば】納札亭六輔:伝説の手打ち蕎麦屋。接客は賛否両論ながら、“注文を受けてから客前でこねて打つそば”は大絶賛。

日本橋馬喰町(東神田交差点近く)の一角にあった「納札亭六輔」。

1988年ごろには創業していたという記録が残っています。
※店主の名前は増田さん。双子の兄。

当初は、店看板や紺色の長い暖簾を出していましたが、業界人の訪問を断るためか、いつしか何の表示もない知る人ぞ知る店になっていきます。

「納札亭六輔」はカウンターだけで店主1人が接待する店。

客が来てから、粉に水を入れ、蕎麦を打つ店主。
客はその間、酒を飲みながら待っている。

という、店主による“蕎麦劇場一人舞台”。

極細のそばは絶品、という評価が高かった名店であり迷店でもありました。

グルメブームの先駆け的存在の評論家が「納札亭六輔」を激賞

1980年代、グルメブームの先駆け的存在として知られていた料理評論家・山本益博。

落語評論家でありながら、料理評論の著書を重ねて数々のメディアに登場し、
グルメ情報が、クチコミではない新たなカタチで発信されるようになっていきます。

「納札亭六輔」は、クチコミで密かに通や業界人に浸透していましたが、
山本益博が激賞したこともあって、その存在が蕎麦好き、自称グルメなどに知れ渡っていった、ともいわれています。

「納札亭六輔」の伝説

一見客はお断り、という、格式はともかく受け入れは祇園の茶屋のような手打ち蕎麦屋。
*実際には、店主の面接!?を通過すれば、飲食利用可能でした。

店に入ると、初見客は、大概は親父と呼ばれる店主に睨まれます。
リピーターの連れであっても同様、
勝負を挑まれるような感じで、緊張感が走ります。

ただし、一旦陣取ってしまうと、講釈師のような店主の蕎麦&飲食店放談が客を飽きさせません。

数百軒に及ぶ有名店を知り尽くしていて、
それこそ言いたい放題状態でした。

「山本益博が、うちのそばを旨いと言って帰っていった」ということも、さりげなく自慢気に語っていたとか。

蕎麦粉を出しての計量にはじまり、陶器の鉢に移して手こね、団子状にしてから薄く延ばす。
この間、およそ30~40分。

そして、そこで店主のしゃべりが止まります。
常連客は、あうんの呼吸で、静寂を保ちます。

これが店主のそば切りの瞬間。

カウンターから客は、一人舞台をしっかりと見守る蕎麦屋劇場スタイル。

店主がそこまで突き詰めているのは一体何だったのでしょうか?
蕎麦通の訪問録を読んでみても、謎解きはできなかったようですね。

せいろ1枚の価格は、開店当初から1996年頃までは、¥2,500。
※最終的には1枚5,000円だったと伝えられています。

証言:蕎麦行脚

最後に、東京では一番変わったと言うか、面白いと言うか、普通のそば屋さんと全く様相を異にする店2軒として、半蔵門の「三城」と馬喰横山町の「江戸前手打そば納札亭」を挙げて置く。
出典:蕎麦行脚(メモランダム・都内23区篇)(平成元年12月執筆)*1989年

証言:私が今までで一番美味しいと思った蕎麦屋は日本橋馬喰町にあった「納札亭六輔」

私が今までで一番美味しいと思った蕎麦屋は日本橋馬喰町にあった「納札亭六輔」。
出典:納札亭六輔(2007/09/06)/蕎麦、そば、ソバ(2007/08/31)

証言:みなみ妙見甚六日記

1番印象に残っているのが浅草橋駅近くにあった「納札亭六輔」という店。当時山本氏が激賞していたので行ったのですが、そば一枚2500円!という値段もさる事ながら、店主の個性にビックリしました。

出典:ビックリした!?お蕎麦やさんの話(2010年1月7日)

証言:「納札亭六輔」の思い出

今から25年ほど前のバブル景気真っ只中の頃、現在の「東神田」の交差点近くに「納札亭六輔」という蕎麦屋が在った。
こだわりの権化のような仕事ぶりと値段の高さ、更に客を客とも思わぬような不遜な態度が有名で、確かに蕎麦は美味かったが、私にとっても決して良い印象の店ではなかった。
・・・
出典:蓼喰人の「蕎麦屋酒」ガイド/「納札亭六輔」の思い出(2013/10/12)

証言:霧石人本日の昔の絵日記【東日本橋・納札亭六輔・日本一○○○○な蕎麦屋】

「20年前バブルの頃極の日本蕎麦を3人で啜った!」2015.12.02
■浅草橋の駅から5分位の仕舞うた屋風の店ののれんをくぐった途端、下鼻た顔の親父が3人を睨みつけて言い放った。作務衣の小男はしかし極めて正確な手付きで丁寧にそばを打っていく・その間聞きも放言を続ける・30~40分位・粉から惚れ惚れする打ち立てのそばが出来てきた・しかし最悪の気分は胃を縮め 少しも旨いとは感じない・我儘馬鹿親父の独り舞台・金くれても二度と来るか“阿呆め”・・・・・・・・

「前に来たことある???」 > 「同業者なら出ていけ!」 > 「うちは時間かかるよ!」 > 「ザル1枚2500円だよ」 > 「うちのを食うと他が食えなくなるよ」 > 「俺はフレンチとしか付き合わん!!」

●親父の名前は増田・

出典:霧石人本日の昔の絵日記【東日本橋・納札亭六輔・日本一○○○○な蕎麦屋】

「納札亭六輔」の系譜

弟子入りした訳でもなく、暖簾分けでもありませんが、
これまた伝説の店、神田須田町「いし井」を立ち上げた石井仁は、「納札亭六輔」に通って、店主の技術を目で盗み学んだそうです。

石井仁とは、「神田須田町:いし井」~「修善寺:朴念仁」~「銀座:古拙」~「日本橋:仁行」~「新富町:はたり」~「群馬・富岡:仁べえ」という名店を次から次へと開業していった、手打ち蕎麦屋伝説を持つ蕎麦職人。

出典:食の研究所 > 特集 > こだわり蕎麦屋めぐり >日本橋「仁行」

【閉店】:【お店のデータ】浅草橋駅「納札亭六輔」

*交通=JR総武線・都営地下鉄浅草線/浅草橋駅 徒歩5分
>JR総武線/馬喰町 徒歩5分
>都営地下鉄浅草線/東日本橋駅 徒歩7分
*所在地=東京都中央区日本橋馬喰町2-2-7
*TEL=
*営業時間=12:00頃~仕舞いまで
*定休日=日曜日・祝日
*価格=せいろ1枚¥2.500、開店日~1996年6月頃までの情報。閉店時には¥5,000になっていたという説もあり。
*席数=
*支払い方法=カード不可
*駐車場=無
*営業期間=1988年頃~1998年頃

 

『納札亭六輔:客が来てから、粉に水を入れ、蕎麦を打つ、現代蕎麦屋もう一つの伝説 ぶらり訪問GNH358』

出典:蕎麦行脚(メモランダム・都内23区篇)(平成元年12月執筆)
出典:納札亭六輔(2007/09/06)
出典:蓼喰人の「蕎麦屋酒」ガイド/「納札亭六輔」の思い出(2013/10/12)
出典:霧石人本日の昔の絵日記【東日本橋・納札亭六輔・日本一○○○○な蕎麦屋】
出典:食の研究所 > 特集 > こだわり蕎麦屋めぐり >日本橋「仁行」
初稿:2005年12月12日
最新更新:2018年11月30日

-蕎麦

Copyright© ぶらり探訪 GNH358 , 2018 All Rights Reserved Powered by STINGER.