ぶらり散歩、気になるスポット探訪、見聞録

ぶらり探訪 GNH358

蕎麦

長寿庵・江戸蕎麦創業1704年の老舗

更新日:

『長寿庵』の創業は1704年(元禄17年)

『長寿庵』の創業は1704年(元禄17年)、

都内でも屈指の歴史と店舗数を誇る暖簾(のれん)です。

1702年(元禄15年)、三河国宝飯群(ほいぐん)柏原村(現在の愛知県蒲郡市)から
上京してきた「惣七」という百姓が、
2年後に江戸の京橋五郎兵衛町(現在の東京駅八重洲口付近)で
蕎麦屋「三河屋」を創業したのが「長寿庵」の始まり。

惣七の孫か曾孫の代に、宝飯群の老人が「193年生きた」として、
幕府から長寿を讃えられたことにあやかって「三河屋」が「長寿庵」と称するようになったとされています。

長寿庵-庵号の由来とは

屋号は、三河屋から長寿庵に変わったということですが、

庵(あん)とは、建物の名称のこと。
風流人など浮世離れした者や僧侶が執務に用いる質素な佇まいの小屋を指していて、
庵室、草庵(そうあん)などとも言われます。

江戸には、松尾芭蕉が「竜隠庵」と呼ばれた水番屋に住んだといわれていた、
後の関口芭蕉庵(東京都文京区関口)があるように
木と障子と畳以外は何も使っていないとも思われるシンプルな造りで、無駄なものがなく、
創作活動に向いているようです。

江戸中期、浅草『称住院』の敷地内に支院『道光庵』あり

称往院(東京都世田谷区北烏山5-9-1)の概要

称往院(しょうおういん)は、慶長元年(1596)白誉上人が湯島に創建、明暦の大火後浅草(西浅草3-5)へ移転しました。
寺中道光庵の庵主がつくる蕎麦が評判となり、そば切り寺とも称され、文人墨客が多数訪れていました。
関東大震災で罹災し、昭和2年に当地へ移転しています。

出典:東京都寺社案内

称往院門前に「蕎麦,境内に入るを許さず」という碑が建っています。
これこそ、道光庵が「蕎麦切り寺」として人気を博した証です。

この『道光庵』の庵主は、信州出身で蕎麦打ちの名手。
最初は自分たちが食べるために蕎麦を打っていたようです。

そば屋の屋号-庵号の由来

天明七年(一七八七)板の、名店案内『七十五日』に掲載されたそば屋は全部で六十五軒あった。
その中に、きまりの何屋でなく、蕎花殿のほか、東向庵・東翁庵・紫紅庵・雪窓庵と、
そろって庵号を名乗るそば屋が四軒も見られたのは珍しいことである。

さて、浅草芝崎町に浄土宗の一心山極楽寺称往院という檀家(だんか)を持たない念仏道場があり、
その院内に道光庵と良挟庵という支院があった。

道光庵の庵主は、信州の生まれで、そば好きだけでなく、そば打ちの名手でもあった。
寺方のことゆえ、だしは精進で魚類を使わず、辛味大根の絞り汁で薄め、ソバ粉は白い御膳粉だった。

享保頃は檀家のほかはみだりにそばをだすこともなかったが、
いつしか評判が高まるにつれ寺だかそば屋だかのけじめがなくなり、
安永六年(一七七七)板の評判記『富賁地座位』ではそば屋を押しのけトップの座にすえられた。

本職のそば屋ではこれにケチをつけるものもいたが、反対に道光庵の名声にあやかろうと、屋号に庵をつけるそば屋が現れた。
さきに挙げた四軒がその先駆けで、文化頃にはその極に達した。

いまにのこる庵号の筆頭は老舗の長壽庵をはじめ、松月庵・大村庵・萬盛庵などがある。

ところで、道光庵は三代目になると繁盛のあまり、
親寺で毎日行われる勤行(ごんぎょう)を怠るようになった。

再三にわたる注意にもかかわらず一向に効き目がないので、本山への思惑もあって第二十五世昇誉恵風和尚は、
天明六年正月にそば禁断の石碑を建て、そば党に門前払いをくらわした。その文句は~以下略

出典:蕎麦入門(新島繁:著)

その文句とは、
現在の称住院門前に建つ石碑に書かれている『不許蕎麦』(そばをゆるさず)でした。

長寿庵の暖簾(のれん)分け

長寿庵の系譜は、どの店がどこからの暖簾分けかがはっきりしています。
ここまで系譜の正確な暖簾会は他にはありません。自分の店がどの会派に属しているのか、
そしてどこの店からの暖簾分けなのかをすべての長寿庵がわかっています。

現在営業しております長寿庵は関東一円には300店舗以上あり、
その中で最古の店が私どもの「旗の台 長寿庵」です。

長寿庵総本家(東京都品川区旗の台6-24-12)
長寿庵総本家

 

長寿庵は、同一資本によって多数の店舗の運営や管理を行うチェーン店や
本部が統括するフランチャイズなどではなく、
暖簾分け(長年仕えた奉公人が一人前になると、その労を報いるため、主人が奉公人の独立を援助する制度)の形態が取られています。
そして屋号は登録商標として管理されています。

ただし、同じ長寿庵という暖簾を掲げながら、それぞれが独立し、
規模も、商売のやり方、営業形態、味やメニューも統一しないで各々が営業しています。

このために、「長寿庵銀座店」や「長寿庵茅場町店」ではなく
「銀座長寿庵」「茅場町長寿庵」というように、
地名を冠している店名が多く見受けられます。

長寿庵の概念である「それぞれの地域にあった形、地域密着の蕎麦屋を目指す」
を現しています。

暖簾分けの条件とは、
どの会派であっても長寿庵営業店で修業し、その店主から認められなければ、
暖簾分けは許されません。
製麺や出汁の引き方、食材の見極めなど、
店を維持してゆくための基本技術をひと通り習得し、
さらに土地柄にあった味を出すための応用技術も習得する必要があります。
これにより、その土地にあった味が作られ地域に根差した店舗が営めるようになるそうです。

長寿庵の歴史:長寿庵4会派とのれん会

*1702年(元禄15年)三河(現在の愛知県蒲郡)から惣七が江戸に上京
*1704年(元禄17年)江戸の京橋五郎兵衛町(現在の東京駅八重洲口付近)に
蕎麦屋「三河屋」(後の「長寿庵」)を開業
*1717年(享保2年)焼失 復興
*年代不詳 5代目「惣七」が「宗七」に改名
*1870年(明治3年)倉橋姓を名乗る※平民苗字許可令により
*1872年(明治5年)焼失により銀座竹川町(現在の銀座7丁目)に移転
*1877年(明治10年)6代目倉橋宗七の宗家より、栗田作次郎が初めて暖簾分け。
浅草橋場町(現在の台東区橋場)に開業し、後に采女(うねめ)町(現在の中央区銀座)
に移転しています。
【采女会】の始まり。現在は「総本家長寿庵」(品川区旗の台)が継承しています。
*1897年(明治30年)采女町長寿庵より吉田寅次郎が暖簾分け:【十日会】の始まり。
*1899年(明治32年)6代目宗七の宗家より、村奈嘉与吉が暖簾分けで麻布四之橋に開業:【四之橋会】の始まり。
*1900年(明治33年)6代目宗七没(49歳)
*1909年(明治42年)采女町長寿庵より五十嵐友五郎が暖簾分けで両国橋の東詰で開業:【実成会】の始まり。
*1912年(大正元年)7代目宗七没(36歳)
*年代不詳 8・9代目娘婿により継承
*1927年(昭和2年)【十日会】吉田家から暖簾分けした渡辺藤蔵の「赤坂長寿庵」を
中心とする「三日会」に分派。【十日会】は継承。
*1935年(昭和10年)【十日会】吉田家から暖簾分けして木挽町で開業した天野正吉の
「木挽町長寿庵」を中心とする「正長睦会」に分派。【十日会】は継承。
*1945年(昭和20年)采女町店、東京大空襲により焼失し目黒駅の近く(目黒区大崎2丁目)に再開後廃業。総本店の座を倉橋氏から栗田氏に託される。現在は旗の台に移転して営業中。
※「長寿庵」の暖簾を掲げる全ての店が加盟する「長寿庵のれん会」
*1950年(昭和25年)暖簾会名称を「長睦会」から「長寿会」に改名
*2002年(平成14年)「長寿会」を法人組織化し「長寿庵協同組合」と改名。
「長寿庵」の屋号は現在登録商標となっています。

出典:長寿庵そばとうどんの通販サイト

長寿庵営業店情報

TOKYO SOBA(東京のおそばやさん)での検索数「長寿庵」全55店。
東京のおそばやさん

代表的な店舗


*茅場町長寿庵:東京都中央区茅場町1-9-4 創業1907年(明治40)

*銀座長寿庵:東京都中央区銀座1-21-15※東銀座木挽町 創業1935年(昭和10年)
*乃木坂 長寿庵 :東京都港区南青山1-15-18 創業1951年(昭和26年)港区青山北町一丁目
※青山長寿庵の暖簾分け=長寿庵赤坂本店、乃木坂長寿庵、六本木長寿庵、あおやま長寿庵

長寿庵出店歴(閉店情報)

*竹橋長寿庵:千代田区一ツ橋1-1-1 パレスサイドビルB1F
*麻布十番長寿庵:2005年5月閉店
*六本木長寿庵:創業1964年 2016年1月28日閉店
*目黒:総本家 長寿庵 (そうほんけ ちょうじゅあん)東京都品川区上大崎2-17-6※2006年2月時点では営業中。
*東銀座:采女町 長寿庵 (うねめ ちょうじゅあん)東京都中央区銀座5-12-8※1935年開業~2012年12月31日閉店

*千駄ヶ谷長寿庵 東京都渋谷区千駄ケ谷5-29-7-102※2015年10月時点では営業中。
*四ツ谷長寿庵 東京都新宿区四谷2-13※2014年3月末日閉店
*稲荷町長寿庵 東京都台東区東上野5-6-10※2018年5月30日閉店
*扇橋長寿庵:東京都江東区扇橋2-23-4
*東砂長寿庵:東京都江東区東砂1-6-5※2015年10月時点では営業中。
*本所吾妻橋:
*若松町長寿庵:東京都新宿区若松町6-3
*千歳通り長寿庵:東京都世田谷区船橋1-37-7
*祖師ヶ谷大蔵長寿庵:東京都世田谷区祖師谷3-23-1
*北烏山長寿庵:東京都世田谷区北烏山8丁目1-17
*中野・長寿庵:東京都中野区中野2-1-3※中野駅北口・長寿庵とは別の店
*江原町長寿庵:東京都中野区江原町3-1-4※創業昭和7年。現在は三代目が「じゆうさん」として営業中。
じゆうさん-東長崎:粋な蕎麦前と蕎麦の香りや味を愉しむ蕎麦屋時間

*富士見台長寿庵:東京都中野区上鷺宮4-16※2012年頃閉店。

西武池袋線富士見台駅南口ふじみ銀座通り。
閉店後も、看板はそのままです。

富士見台長寿庵は、長寿庵赤坂支店の暖簾分けと読み取れます。

*代田橋長寿庵:東京都杉並区和泉1-2-3※現在は「まるやま」として営業中。
まるやま-代田橋:粗挽きせいろと、殻付きのまま挽きこんだ田舎せいろ

*是政長寿庵:東京都府中市是政1-55-4
*鷹の台長寿庵:東京都小平市たかの台45※2011/08閉店
*北野長寿庵: 東京都八王子市北野町547-15※2013年1月時点では営業中
*横山町長寿庵:東京都八王子市横山町1-11
*新横浜長寿庵:神奈川県横浜市港北区篠原町2987-6※2012年7月時点での営業中情報あり
*桜ヶ丘長寿庵:神奈川県大和市上和田1-5
*朝霞長寿庵:埼玉県朝霞市栄町4丁目1-2※2015年11月閉店
*草加長寿庵:埼玉県草加市瀬崎3-17-19※2015年10月閉店
*熊谷長寿庵:埼玉県熊谷市伊勢町81-3※2016年9月時点での営業中情報あり
*川越・長寿庵:2016年12月28日閉店 ※川越・旭町長寿庵は営業中:埼玉県川越市旭町1-18-13
*長寿庵 豊岡出前専門店:神奈川県横浜市鶴見区豊岡町31-8※2000年(平成12年)閉店
*都賀長寿庵:千葉市若葉区若松町537-68※2012年7月時点での営業中情報あり。
*下田長寿庵:※所在地不詳 2016年12月閉店
*新潟県新潟市中央区営所通1番町312※創業1932年~2017年3月31日閉店
*長寿庵そばの花:長野県松本市宮渕2-5-19※2013年4月時点での営業中情報あり。
*長寿庵東店:北海道帯広市東四条南11-11 1976年(昭和51年)創業2018年1月末日閉店
*長寿庵富岡店:北海道函館市富岡町

 

『長寿庵・創業1704年の老舗4会派 ぶらり探訪GNH358』

初稿:2018年5月13日
最新更新日:2018年11月14日

-蕎麦
-

Copyright© ぶらり探訪 GNH358 , 2018 All Rights Reserved Powered by STINGER.